この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

「クソババア」と言われた件

 

 

小4の女の子に「クソババア」と言われた。

 

25年の塾の歴史の中で二度目だ。

 

一度目は10年くらい前か。

 

何かのご褒美に、中学生のクラスに

「アイスクリーム買っておいたよ」

と言って冷蔵庫に取りに、部屋を出ると、

 

嬉しくて調子に乗った男子が

「早く持ってこい、クソババア」と言って

笑いを取ろうとしたのを

 

私は聞き逃さなかった。

雷を轟かせ「アイスあげない」

と言ってやった。

 

養護施設で働いていたときの

ツッパリの高校生にだって言われたこと

なかったのに。まったく。

 

 

 

今回のケースは、

悪気のないアクシデントに対し

私が「あれ、ごめんなさいは?」

と軽く言って、

離れようとした私の背中に

その言葉が、小さく返ってきた。

 

その言葉自体がどれ程の問題でもないが

その子は不安定なところがあり

急にハイになったり、ずる賢いところが見えたり

捉え所がない感じがする。

 

 

子どもの気持ちに少しでも寄り添えるようにと、

カウンセリングの資格を取り、

今、更にチャイルド心理カウンセラーの資格も

勉強している。

 

でも、はっきり言って、私にはカウンセラーは向かない。

 

養護施設の時から

いつも、いつも、子どもとの関わりは勘だ。

ふっと、子どもが抱える何かのサインを感じる。

降臨してくる。

 

前髪を伸ばして目を隠している子。

テストプリントをして、7割のところまで完璧なのに

残り3割で急にバツばかりになる子。

甲高い声で無理に笑ってるように聞こえる子。

 

話を聞くと、泣きながら胸の中をゆっくりと

吐き出してくれた。

 

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そうやって、いつも解決してきたつもりだった。

 

でも最近少し変わってきたと思う。

 

 

例えば

 HSPとかADHDとか、アスペルガーとか。

特性の理解が進んできているからこそ

そこをはっきりさせなくていいのかなと感じる。

 

 

私は、誰か周りの人が悩んでいようものなら

駆けつけて、はっきりさせて、スッキリさせてあげなければ

という正義感(と自分が思っていた)に駆られる。

 

だからカウンセラーに向いていないと思うのだけど。

 

でも最近は

少し、生きづらさを持っているのかなと感じても

すぐに白黒つけなくてもいいのかなぁ、

と一呼吸つくことにしてる。

 

 

 

人はいろいろ、それでいい、の思想が

社会的に成長しているから。

 

必ずしも、私が良かれと思う方に導こうと

ムキになるのも違うかなぁ、と。

 

見て見ぬふり、ではなく、

逆に何も言わずに、もっとよく見ましょう、だ。

 

 

女の子のことも、何かストレスあるのかなぁ

と思うけど、見守ることにした。

 

 

 

実は、こう思えるようになったのは

ブログの成果がある。

 

ブログは、優劣の存在しない、人の価値観の博覧会。

悩むもよし、ゲームも良し、食べるもよし。