この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

親と子と

 

 

親と子の人間模様の舞台と言えば蕎麦屋だ!

ったと思う。

 

一杯のかけそば』ブームは1988年だったらしい。

 

私にも『一杯のかけそば』時代があった。

 

当時子育て中で、収入は主人の稼ぎだけだった。

買い物の時は、予算内で買えてるか

レジ前で確認する程慎重にしていた。

経済的に余裕はなかった。

 

 

ある夜、やむを得ず私と子ども2人、

3人で外食をすることになった。

 

主人がいないので、私は緊張していた。

安く済ませるように、ラーメン屋さんに行ったのに

幼児の娘が、ラーメンにメンマをトッピングすると言う。

 

(ちょっと待ってよ、メンマっていくらよー)

と心の焦りの半分だけを、娘に向けて

「ちゃんと食べれるの」と言って注文した。

 

山盛りにもられたトッピングメンマは

到底幼児の手に負えるものではなく

相当のメンマ好きのためのようだった。

 

以来このメンマ事件は、メンマで母が幼児の娘に

激怒した事実とともに我が家の語り草となる。

 

一緒に居ながら、母の激怒を事前に防げなかった後悔が

長男として、息子の心に刻まれたのか

 

大人になっても、3人で外食する時の兄は

妹の注文にナーバスだ。

 

美味しそうによく食うのが取り柄の娘。

ラーメン屋さん再び。

「私、ラーメンと麻婆どうふとエビチリと、、、、」

間髪入れない

「お前、ラーメンセットにしとけ」

との兄の言葉にピシャッと遮られる。

 

 

久しく行ってなかった、そのラーメン屋さんに

何年振りかで主人と行った。

主人はご機嫌で、『1人生チュウ&餃子祭り』だ。

 

「小さい頃は2人とも可愛かったなー。

ヤツ(長男)の巣立ちを感じたのは2回。

 

1回目は、中3のサッカーの夏大会の後。

俺とヤツと2人だけで昼飯食いながら

一つ終わってしまった、とあいつが涙を流した時。

 

もう1回は、(大学、進学の時)

 東京のアパートにあいつを置いて帰った時。」

 

 私達の車を見送る息子の姿を

涙でかすむ目で

サイドミラーで見えなくなるまで目に焼き付けた。

 

私は号泣し、高速道路に乗り

東京を離れても泣いていた。

実は主人も泣いていたのだろうか。

 

 

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親と子。

お互い大切な存在だからこそ、行き違うこともあるだろう。

親であり、子である前に

それぞれ1人の人間だから

 

大切な人に対して、どうしたいのか、人それぞれ違うから。

 

私も、親との関係に大いに悩んだ人間の1人だ。

でも、よくも悪くも、両親が居たから今の自分がある。

 

子ども達にも、そう言ってもらうだけで、苦労が報われる。