昭和菓子パン事件!

 

 

それは、古き良き昭和の時代の

まあ、なんでもありの時代の

純朴な田舎の、小さな商店で起こった

私の思い出のお話です。

 

 

 

私が暮らしていた集落の中心部には

小学校と保育園と診療所がまとまってあり、

そして東西に1本だけの動脈と言えるバスが

1時間に1本だけ通る、

言ってみれば心臓部にあたる場所に

その商店はあった。

 

村の人たちにとって、

そこは1軒しかない大事なお店であり、

食料品、日用雑貨、、、

なんでも買いに行った。

 

 

 

なんでもありといえば、

学校の先生もだ。

 

その日、実験に使うのだったか

脱脂綿の用意がないことに授業中に気づいた担任が

N君に買って来て、と頼んだ。

 

N君は、キング オブ “純朴な田舎の子“。

先生に頼まれ、校門前の商店へ走る。

 

ところが

12歳の純朴なその少年の心の中にも、

常日頃から年相応に好奇心とムラムラが渦巻いていたのか

「脱脂綿」というワードを忘れてしまい

代わりにお店の人に、口をついて言った言葉が

うかつにも、それ だったのか

 

あるいは、

その商品の意味することを知らなすぎて

店を見渡し、脱脂綿はこれだろうと

指差しして、これ くださいと言ったのか。

 

息を切らして帰ってきたN君が

先生に差し出したのは

生理用ナプキン だった。

 

12歳の子たちの教室で

一番触れてはアカンやつだった。

 

大人になった同窓会で、

あの一件を、やっと笑いながら話した。

 

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昔は、正月三が日に食べられものは

本当に、餅とおせちだけだった。

特にウチは神主なので、火で焼く料理はご法度だった。

 

それでも、

口の中が高度経済成長期世代の子ども達は

贅沢というかジャンクフードを知っていた。

 

おせちにも餅にも、うんざりし始めた

1月3日の夕方、お使いで商店に行った。

 

同じ理由か、

おせち以外のものを買いに来たらしいお客さんで

狭い店はてんやわんやだった。

おばちゃんは、1人で全てをこなしていた。

 

そこへ

そのおばちゃんの保育園児の長男が

へそを出して、腹をぽりぽり掻きながら

店に現れる。

 

母は忙しいのだ。戦場だ。

「お母ちゃん、お腹減った」

「おもち焼いておいたでしょ」

おばちゃんは、手を止めず顔も向けず答えた。

 

客は、順番を待っている。

 

「嫌だ、おもち」

・ ・ ・」  母は無視。

 

菓子パン食べたーい」と

長男が店のショーケースの菓子パンに手を伸ばした

その時

 

客の対応にてんやわんやで、

長男の言葉を無視していたおばちゃんが反応した、

 

そんな古いパン食べたらだめ!

 

と、叫んで制止した。

息子の腹痛と、商店の信頼は

とっさに天秤にかけることができなかったのだろう。

 

 

でも、私はさほど驚かなかった。

 

だってそれ以前に、

そこで、おやつに菓子パンを買って

いざ食べようとして、封を開けた瞬間に

プーン とハエが飛び立っていった、

という衝撃の経験がある。

 

ネットもないし、クレイム なんて言葉もない

私はただ、ゲッ と言ってパンを捨てただけだった。

 

少女の口が固く

地元製パン会社の命を救ったのかな?