日本海と出雲の姫

 

 

部屋の外は、闇。

 

ベランダに出ると、暗闇の中に波の音がゴーっと響いて白波が立つ。水平線が月明かりに浮かんでいる。どこからともなく白波が生まれ、こちらへ向かってくる。一人で誰もいない夜の日本海と向き合う。吸い込まれそう。だけど不思議と恐くはない。ザー、ゴーという音を立てては大きく強くなって近づいてくる白波に、「かかってこい!」と心の中で身構える。けれど波打ち際で消えて無くなる。その繰り返し。不気味な高揚感に頭の中が熱くなる。

 

日本海は静かに、私にパワーを与えてくれる。

 

 

やっと、島根の両親に会いに来れた。今夜は実家には泊まらず、日本海の海岸に立つ宿をとって一人で居る。腎臓にガンを持っている父を疲れさすことはできないので、様子を見ながら1日過ごした。母は、(これが最後になるかもしれない)とコロナも心配だけど、私に会って欲しいと思ったらしい。実家を離れて40年、実家の玄関のドアを開けるのに、こんなにドキドキしたことはない。私が見たことのない痩せ細った父を見ることになったらどうしよう。

 

恐る恐る開けて入ると、やはりただならぬ邪気を感じる。私はお嫁さんをして“シックスセンスのもち主“と言わしめている。いわゆる空気を読むのは苦手だけど、こっちの空気は読めてしまって困る時がある。喫茶店でもホテルでも、味やサービスの良し悪しの前に、磁場の良し悪しが私のセンサーに触れてくる。私が喫茶店やホテルに入って、急にテンションが上がっている時は、磁場が良い証拠だ。レビューに書いてあげたい。「磁場が良い」と。

 

邪気の気配いは当たっていた。玄関にお迎えはなく、(1年ぶりの娘の里帰り、往復3万円、宿代別途だと言うのに)そのまま台所に向かうと、腹が減りすぎて、生き血を吸われたようにげっそりとした白髪ボサボサの老夫婦が黙って座っている。そして「腹減ったー。寿司はまだかー。」と第一声。確かに、寿司を買って行くとは言ったけど。

 

寿司と桜餅のお土産を、ぺろっと平らげると、やっとトーク炸裂。お医者さんへの不満、ヘルパーさんへの愚痴。コロナへの不安。。。それ以上聞かすな父。あんたは全く大丈夫だ!シックスセンスの私が太鼓判を押す。出雲の姫の方が説得力あるかな。

 

来て良かったよ。安心した。吐き出すだけ吐き出すと、前向き発言が出てきた。代替療法でまだ頑張りたい、と。呼吸、瞑想、食事療法、自分なりに試してみたいと。

 

桜がきれいだった。高台にある実家から見下ろすと、小学校の庭には満開の桜。集落を囲む山々にも自然の桜が咲きほこっている。それをバックに、毎回恒例の両親の記念撮影をした。

 

ここは間違いなく磁場がいい。

 

 

日本海は、いつも私にパワーをくれる。

25年前、この学習塾を始める前、前職の右脳開発の幼児教室の仕事にストレスを感じ、疲れ果て、故郷に帰りこの海の前に立った。水平線が視界一杯に広がり切れることがない。どこまでもキラキラした凪の海。「好きなように生きなさい」と背中を押してくれた海。磯の香りを胸いっぱい吸い込んで、私は心を決めたのだった。

 

一歩を踏み出そうと。

 

 

 

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朝のベランダから