この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

8割の哀しみ 2割の哀しみ

 

 

今日はショッキングな事件に触れることになり、重い内容の記事になります。それでも、私の人生の大切なエピソードなのでまとめてみようと意を決しました。苦手な方にはごめんさい。

 

 

今日は雨の日曜日。

主人と二人、朝食を食べに出る。

先に運転席に居る主人が、後から助手席に乗り込む私に「ほーら、傘は自分の左側に収めるの。」と注意してくる。「はい、はい」と私。

 

「はい、はい、って、あなたのために言ってるんでしょ。傘の雫でスカートが濡れないように。俺になんの得もないことだよ。」忙しく、睡眠不足続きのためか、久しぶりに険悪になりそうな流れ。

 

昔は、この流れは確実に、私が黙り込む空間へとつながるヤツだった。でも、もうお互い60歳。それはない。将棋でよく言うように、数手先を読むと言うヤツ。こちらがこう出ると、相手はこう出るから、こちらはこうせざるを得なくなり、、、、と、黄金のパターンを知り尽くしているので、お互い無駄な労力を省くため、なかったことにする術を身につけた。

 

 

 ***

 

 

若い頃の私は、主人のこの被せて言ってくる論法が苦手だった。

主人の言葉に悲しむ或いは拗ねる表情で訴えても、さらに追い討ちをかけて、突っ込んでくる。私はすっぽり貝になる。

 

しかしある時、この主人の言動の意味がわかる時が来たのだった。

それは、私の人生にフラグが立った瞬間。

 

 

 ***

 

 

6年前、NHKのドキュメンタリーを見ていた時のこと。その夜は『新宿西口バス放火事件』の被害者の杉原さんという方のドキュメントでした。

 

 

 

www2.nhk.or.jp

 

 

杉原さんは事件のせいで、全身に80%の大火傷を負い、人生が狂ってしまう。自分の人生一体なんだったのかと言う問いに答えを求めて、NHKの協力のもと、他に生存された方の34年後を尋ねるべく、生存者を探されるのです。

 

やっと出会えたその方は杉原さんより10歳くらい若い女性で、杉原さんとの対談を受け入れられたのでした。対談の冒頭、その方の「私は全身に20%の火傷を負った」との説明から始まり、自分のことを話されました。

 

それを受けて、杉原さんが「20%ならまだよかったですね」と言われると、その女性の表情が明らかに変化しました。さらに「私は80%だったので、、、、」と女性を励ますように続けて話すうちに、女性の表情に怒りが表れ、部屋を出てしまわれました。ディレクターが慌てて後を追い、話を聞くと「誰であろうと、私の苦しみを、“ましだ“などと言われたくない」とだけ言い残して帰って行かれたのでした。

 

 

 

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人の傷みに寄り添うことは本当に難しいです。

事件のお二人が、逆に、女性が杉原さんに対して「私よりもっと辛い思いをされたのに、私は何も言えない」と思ってしまわれるのも違うわけで。

 

 

***

 

 

でも、このような究極な状況でなくても、人間関係の中には、自分の気持ちと相手の気持ちと天秤にかけて辛くなってしまうことはある。

 

哀しみの感情は、量れるものではない。

そのフィルターを外してみる。

私のような感情に持っていかれやすい人間は、尚更、自己憐憫に陥ることなく、相手を憐れむでもなく、事実を見なければいけない。一旦相手の投げたボールはキャッチする。その強さが優しさなのかもしれない。

 

 

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さて、私達夫婦の話に戻して。

主人は、危なっかしい私をいつも心配してくれている。けれど、私はそれをそうと受け止める強さがなかった。予想外にしょぼくれる私を見て、主人はさらに納得させようとする。さらに私は萎縮してみせる。俯瞰してみたなら、そんなところだろうか。

 

ある人が、夫婦は前世の仇で、今生で、関係を修復するために結ばれるのだと言っていた。

まるでタイプの違う主人を理解することが、私の人生の学びであったことは間違いない。