この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

子ども育ての話

 

昨日、アマゾンプライム有村架純の『かぞくいろ』を見て、時折泣きながら家事をしていた。

有村架純が25歳で、再婚相手の10歳の男の子の母になる。しかし夫が急死してしまい、残された二人は、九州の夫の実家を頼っていく。

 

血の繋がらない二人の描き方がいい。有村演じる晶という女性は懸命に少年 駿也の母になろうとする。

それを表現するのに、よくあるエピソードだけど、学校でちょっかいをかけられた駿也が、抵抗するうちに相手が怪我をしてしまい、晶が呼び出されるという場面。学校に慌てて駆け込んできた晶は、状況がわからないうちから、相手の母子に平謝りし、駿也にも「謝りなさい」と言う。当然駿也は反発する。

 

見ている方も、晶の若さゆえの歯痒さを感じるところだ。

でも、私はいいんじゃないのと感じた。

 

親は、多少わからずやで、嫌われても。。。教育論の正解の話ではなく。

たとえ無駄な壁でも、子どもが大人になった時、笑って「こんな親だった話」ができるくらいの存在感があっても。それを、愛してるからこそできるのが親なのだから。

 

うちの息子は、この手の話に事欠かない。

今となっては笑い話なほど、主人は厳しい父だった。

 

息子達、30半ば世代は、父が怖かった話で盛り上がれるようで。大学の時、ある友達は父親からの着信音を、貞子のテーマの『来る、きっと来る〜』にしていると笑った。

うちも、私が「お父さんに言うよ」と言うだけで、「それだけはご勘弁を〜」とアラーの神に祈るポーズをしたものだった。でも、反面ちびっこ集めてサッカーしたり、一緒に汗をかいて遊んでくれる父でもあった。

 

 

 

f:id:Tenebo:20210423013413j:plain

 

 

私は、卒業後6年間、児童養護施設で働いていた。家庭の事情で両親と暮らせない児童を集めて生活を共にする、親代わりをする。

 

弱冠20歳そこそこで、中高生の母代わりはできるはずもないが、一生懸命だった。

有村架純の晶ではないけど。

 

私の一生懸命は“逃げないこと”。自分を全部ぶつけていた感じだ。

例えばだけど。。。

高校生の男子を担当していたときは、もういつも取っ組み合ってあざだらけ。ヤンキー高校生に容赦なく殴られて、「終わった」と思った時もある。睨み合いの末、顔に魔法瓶を投げられて、目の下にアザを作っていたことも。。。。みんな50歳近くのおじさんになってるよね。

 

“私は逃げない“、あなたと向き合ってる、を伝えたかった。

中高生の女子を担当していた頃のある夜、忘れられない言葉をかけられた。

 

「あんな、今日の昼休み、学校の屋上で友達みんなとふざけてたら、誰かが何か落としてん。そうしたら、それが盛り上がって、椅子落としてみよかってなって。やってみよ〜ってなった時、banchan先生の顔がぱっと浮かんだんや。あかん、それやったら、絶対先生怒る、と思って。みんなに、それはやめとこって止めたんやで」と。

 

報われたーと思った。ありがとう、ありがとう、と心の中で繰り返し、「よし、よし」と言っておいた。

 

***

 

学習塾でも、以前は常に真っ直ぐだけだった。

 ところが、子ども達は、震災や度重なる豪雨、さらにコロナ、と繊細になっている。大きな心の波風を起こすのは、逆効果と感じる。包み込んであげる関わり方をしなければ、と感じる。

 

今は、そういう時代なんだと思う。