この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

美しい景色のように年を重ねる

 

※命に関する記事です。気分を害されるようでしたら、ごめんなさい。 

 

島根で二人で暮らす両親。

父、90歳。母、84歳。

 

実家から離れて暮らす私が両親に出来ることは、こまめに電話して声を聴くことと思っている。

特に6月に入り、骨粗鬆症の母が入院したので、家に一人になり、父は考え込んでは弱気になってしまうのだろう。

先日の電話では、開口一番「人間はなぁ、生まれる時も裸、死ぬ時も裸。どんなに金を持っていてもみんな一緒、裸で死ぬんだよ」と。。。。どうした?「なのに延命だの、なんだの騒ぎ立てる。静かに死なせてくれたらいいのに、あれは周りの人間のエゴだ。」

 

私は、とりあえず「そうだね。裸で生まれて、裸で死ぬのは万人に平等だから、どんな人生で、どんな旅をして、そこに帰って来たかってだけのことになるんだね。」と答えた。

 

ゆっくり、いろいろ話すうちに、心の絡みがほどける様に、胸の内を吐露してくれる父。

父は、70〜80年も前から、ハイリーセンシティブパーソンだ。

 

どうやら、要介護2の父の為に支援の手を差し出してもらうことにプライドが傷つくらしい。

 

実家は神主の家で、戦前は大きな家だったらしい。27代前からの家系図が残っていたり、隠岐島流しになった後鳥羽上皇から頂いた短刀が家宝と言われたり、とにかくプライドの高い家だったらしい。

それが戦後の混乱の中で、建物も土地も失い、父親(私の祖父)が病死し、母(私の祖母)が、女手一つで裁縫仕事で、足の悪い姉と自分を育て上げる上で、手のひらを返したような周囲の仕打ちに、少年だった父は、嫌と言うほど現実を突きつけられたのではないだろうか。

 

「昔なぁ、仙台に旅行に行った時、バスが来るのを待っていたら、『乗車する人は並んでくれ』って言うだ。わしはそれが嫌でのー。」

並べなかった、という父に「それはさー、心理学的に言うと、、、、」と理屈を並べる私に、父はあっさり、「そうだな、トラウマだな。戦後、配給とか、一つ一つならばされるのが嫌だった。食べ物貰うために並ぶことは、できない、と自分の無意識が選んでいたんだろうな。」

 

戦中戦後の混乱の中、生き抜いて来た少年少女が、人生の終盤にさしかかっている。

言葉にはできないいろいろな思いを、それぞれのお年寄りが、胸の中に秘めていらっしゃることだろう。

 

 

f:id:Tenebo:20210606180323j:plain

 

 

NHKで、佐野洋子さんのエッセイを朗読する短い番組がある。

 

 

父が言っていたことと同じ内容があった。

番組中に流れたことの、私の記憶です。

 

愛猫が余命一週間と宣告され、見守るお話。

最初は食べさせれば奇跡的に回復するのではと信じ、キャットフードをスプーンに一杯二杯と勧めるが、義理で口に運ぶ様子に、もう見守ろうと決める。

とにかくじっと目をつぶって丸くなるだけの姿に、なんて偉いんだろう、と感心する。

そのうち、風呂場のタイルの上にうずくまるようになる。

熱があってひんやりするのがいいのか、暗くて落ち着くのか。

一ヶ月くらい経ったある日、オゲッ と言う声に死んでしまったかと思い駆け寄ると、

もう一度 オゲッ と言って亡くなった。

 

この猫は、最後まで荒れも騒ぎもせず、その時であることを受け入れて死んでいった。

しかし、人間は大騒ぎだ。延命だの、なんだのと。

いや、太古の人間は、こうして動物と同じように静かに死んでいったのかもしれない。

そう言って、佐野さんは締めていた。

 

***

 

私の人生の最終目標は、ピアニスト川上ミネさんの

 

O MEU CAMINO

O MEU CAMINO

Amazon

 

このアルバムの2曲目のような人になること。

自然の景色のような。

金持ちとか、正義とか、人間が作った価値観を取り払って、優しくそこに居たい。

美しい景色に癒されるのに、理由なんてない。

偉大なわけでもない、むしろ何もないから癒される。

 

そんなお年寄りになりたい。