この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

一期一会

  

今日出先の帰り道、立ち寄ろうと予定したカフェに、2軒もフラれた。予想より閉店が早かった。でも、珈琲がどうしても飲みたくて、一か八かで立ち寄った店が素晴らしかった。

 

大きな窓から、お城が見える。

店内は人が少なく落ち着いている。流れているBGMも心地よい。

主人のオーダー、チョコレートケーキは4層になっていて、一番下の生地にチョコフレークが使われている。サクサク。なのに上の3層はふわふわで甘すぎない。私は苺ミルフィーユをたのんだ。珈琲も美味しかったのに、コーヒーの存在を忘れて食べ進めてしまった。

 

幸せだ〜。

この店に導くために、2軒のカフェがフッテくれたのかな。

 

***

 

カフェの一期一会が、人生で何度かある。

 

島根の大根島にあるカフェ。高台にあり、中庭のテラス席から、小さな町が見渡せる。

“暮らし“を遠くに感じながら珈琲を飲む。

 

日本海の海岸に立つカフェ。全面ガラスで波の音が聞こえてきそう。

波の高さと同じ目線で、波を感じて珈琲を飲む。

 

どれも1度しか行ったことがない。また行きたいけど、同じ感動を味わえるかは分からない。

空の青さ、風の温度、自分の気分。。。そんなものが全部うまく揃ったこともあったのだろうから。

 

 

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一期一会、ウィキペディアで調べてみた。

 

一期一会(いちごいちえ)とは、茶道に由来する日本のことわざ・四字熟語。茶会に臨む際には、その機会は二度と繰り返されることのない、一生に一度の出会いであるということを心得て、亭主・客ともに互いに誠意を尽くす心構えを意味する。茶会に限らず、広く「あなたとこうして出会っているこの時間は、二度と巡っては来ないたった一度きりのものです。だから、この一瞬を大切に思い、今出来る最高のおもてなしをしましょう」という含意で用いられ、さらに「これからも何度でも会うことはあるだろうが、もしかしたら二度とは会えないかもしれないという覚悟で人には接しなさい」と言う言葉。

 

ブログも一期一会だと感じる。

今回いろいろ読ませていただいた皆さんの記事で、そうだ、そう考えれば良いんだと思えてきた。

 

 

自分は、それなりに「よし!」と思って記事を出す。でも、思ったほどの反響がない。何が悪かったんだろうと、考えても答えのないことに気持ちを持っていかれる。

 

 結局、自分が書いたことが読み手のどなたかにフィットする内容であること。

そしてゆっくり読んでくださる時間的余裕があること。

受け止めてくださる気持ち的余裕があること。

それらが揃った時、はじめて記事は複数の人に本当に共有して頂ける。

 

一期一会だ。

一期一会的ブログ、私はそれを目指したい。

 

コメントに、愛がある内容だった、とお褒めの言葉をいただき、本当にありがたい。

そして、気づかせて頂いた、私が愛を感じることだからこそ私は書けるのかも、と。

 

私が無理に吐き出すのも違うし、皆さんに無理に振り向むいてもらおうと思うのも違う。

 皆さんに読んで頂きたくて、自分なりに右往左往してきた。それが違う。

 

一期一会なんだ。

 

珈琲を感動しながら味わえるのは、幸せなことだ。かと言って、「さあこれで感動して」と言いつつ出されても困る。

 

 

空の青さと、風の温度と、誰かの求めてくださる気持ちが揃った時、

私の記事が、ちょっと幸せな気持ちを届けることができたら

冥利に尽きる。

 

私のブログのスタンスはそれで良いのかな、と5ヶ月目に入り思うのです。