この窓から見える景色

~ 目指すぞ!エッセイスト 60からの挑戦の道 ~

昨日・今日・明日

 

 

先日録画しておいた『日曜日の初耳学』を見た。

「インタビュアー林修」のコーナーが好き。ローラと対談する回だった。

 

先に、対談を終えた林修さんが語っていた感想を紹介したい。

「ちょっと眩しいと、悪く言いたくなる人もいるかもしれないが、この生き方ができるのは本当に素晴らしいこと。。」

 

はい、それ私。タレントとして日本で活躍していた頃は、「この子おちゃらけてるけど、賢い子だな」と、嫌いではなかった。でも、渡米し引き締まった身体をSNSなどにアップする様子には、冷めて引きで見ていた。

 

でも対談が終わった時、思わずテレビの画面に(それも録画)スタンディングオベーションしていた。

 

ローラが対談の締めに語ったこと。

自分は言霊を信じている。ネガティブなことを言えば自分に返ってくる。

結局は自分が選択したことで人生は成り立っている。。。と

「。。。嫌なことがあっても考えないようにすると、脳的にも勝手に考えちゃったりする。だから全部受け入れること『今日カッコ悪いこと言っちゃた』とか『傷つけたこと言っちゃた』とかいう時、『自分ってダメな人間だ』って言うんじゃなくて、『そういうことしちゃったけど大丈夫。学んだんだ、次から絶対良くなる』って言い聞かせるとよいことになる。。。」

 

それを受けて林さんが

「嫌なことやっちゃったけど、それから逃げるんじゃなくて認めた上で次へ進む。」

 

 

ローラは、とてもよく学び、自分のものにできているなと感心した。

素晴らしい教訓や思想も、自分が悩んで苦しんだところに降り注がれなければ、かすってもこない。彼女が何かから、力強く立ち上がってきたであろうことに、思わず拍手していた。

 

私が、キラキラしたローラに“鼻につく”感じを抱いていたのは、彼女の努力の賜物の引き締まった身体を見せつけられ、アメリカでの何らかの目標に突き進んでいく姿に、『自分はこのヌルいカンファタブルゾーン(居心地のいい場所)から抜け出したくない』ことへの、無意識の言い訳のようなものだったかもしれない。

 

逆にローラの生き方を称賛できたのは、ローラ的アクティブな生き方への嫉妬を手放し、自分なりの生き方を認めることができたということかもしれない。人は人、自分は自分。

案外、人に対して、妬みや僻みの感覚を持ったら、そこに自分理解のヒントがあるかもしれない。

 

 

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 昨日、小6の授業で、Aちゃんの様子がおかしかった。明らかに元気がなく小さく見える。

授業後、Aちゃんに声をかけた。

「どうかした?」と言いつつ、すぐに言葉にできることでないのはわかっているし、長年の勘で大体察しはついている。

ちょっとのやりとりの後、自分の口から理由を話し出したら涙になってしまった。

 

ヨシヨシと頭を撫でて、得意なことがあって苦手なこともある、全然心配することじゃないと勉強面の話をした後、ローラのことを思い出し

 

「朝四葉のクローバー見つけました、ラッキー。給食は好きなものではありませんでした、普通。友達に少しだけ嫌なことを言われました、ショック。

Aちゃんにとって、今日は四葉のクローバー見つけた!と思えたらハッピー。今日は友達に嫌なこと言われた、と思ったらアンハッピー。

今日という日をね、晩ご飯と一緒に食べちゃって、それでトイレで出しちゃて、水で流しちゃうの。栄養として残すところは、ちゃんと知らぬ間にAちゃんの成長になっているからね。」

 

Aちゃんの顔にハッピーの笑顔を取り戻して見送ることはできなかった。

自分の力不足にため息。